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高円寺阿波踊り

 

YouTube真的是个好东西。在这里可以找到更多的视频。

住在高圆寺这里,每到八月份的时候就会在晚间的各个开阔场地看到练习阿波舞的人们。而一年一度的阿波舞大会,所有的街道都满溢着热情,人们的脸上绽放着笑容。真的无法不被打动。

眼睛

作者是幸田文。翻译是我做的,原文附在后面。懂日语的就不要看我的翻译了。
 
眼睛
 
     那是个热爱文章和书画、常喜欢写点什么的小伙子。患了伤寒。进的是传统的一流医院,受的是权威的诊治,所幸经过也很顺利。这种病有严格的饮食限制,恢复期的他常为食欲所恼,亏得照料他的白衣佳人温情楚楚又决不通融地监护到位。无论是谁都放下心来只等他出院的日子了。然而病魔将他翻弄了一番。不是因为他抵受不住食欲的诱惑而采取了什么卑劣的行动;也并非看护出了什么差错;只是忽然间就顽疾逆转,再度的生命垂危之后,好不容易才控制下来。治疗措施是慎重了又再慎重。花了比第一次多出一倍的时间,慢慢地慢慢地恢复了。
 
     然而无视整个医院全员一只苍蝇也不放过的留神仔细,病魔郑重其事地第三次光顾。第三度的疗程之后,不可思义地小伙子又生命力顽强地站了起来。瘦得不能再瘦了,嘴唇盖不住牙齿。碰一下骨骼就会喀嚓作响的样子。头发完全脱落,长期发烧而变黑的皮肤陷下去,睡衣的浅蓝色异样地凸显出来。这回总算是渐渐好转终至出院,然而他就像变了个人似的冷淡、沉默了。都说是大病初愈后的消沉吧。那时节正当梅雨;我撑起沉重的雨伞来出了门去看望他。
 
     浴衣外面套上一件薄棉袍,他出乎意料地说了许多话。庭院里胀鼓鼓的绣球花压沉了茎干,满是茂盛的神色。这时唦——地雨线就浓密了,角落里的阴影一下子渗透出来,连自己坐着的膝盖以下甚至都分辨不出了颜色。蒲团也好茶碗也好,都湿漉漉冷冰冰,除了雨声再无其他声响的房间中,忽然抬头看他,竟正朝着别的地方出神地看着看着,一个人就笑起来。凸出的颧骨和凹陷的鼻梁间刻上了几道皱纹,只牙齿是白的,就这么默默地、一直一直笑着。顺着他的视线看去,在那里花被雨所击打,正微微地摇动着。
 
     “可不是美极了嘛。你看,盯着一直看呀。是吧,明白了吧。啊啊,我要画下来。”
 
     从两三天前就是这个样子了——他的母亲目送儿子站起,说着就叹息垂下泪来。我不知该如何安慰,也站起向他的房间走去。
 
     他正弓起背来狂热地描画着的,虽然确实是绣球花的花球,可每一片的花瓣都是人的眼睛。得意洋洋地给人看的,这一个那一个,都是绣球花,也都是眼睛哪。带着媚气的讨好的眼睛,紫色的燃烧着愤怒的眼睛,虚脱的眼睛,怨恨的眼睛,——每只眼睛都让人战栗地纠缠着注视着我。我的眼睛被画中的眼睛吞噬进去,无法动弹了。
 
     那以后的几天里,据说无论是墙壁还是地板,他都用颜料或木炭满满地画上了眼睛的花瓣。他完全疯狂了。不久以后就死了。
 
     绣球花因着它常常会变色,被称为七变化。一说这示意了人死化为尘土的七变相,也有说绣球花的气味是和尸臭一样的。如果说催春鸟,噪秋蛩,这花对的是湿淋淋的雨吗。昨天今天,常常会下着的雨呢。 
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 絵と文章が大好きで、しょっちゅう何か書いて喜んでいる若い男がいた。それがチフスにかかった。伝統を誇る一流の病院に入れられ、権威の診療を受け、幸いにも経過は順調であった。この病気には厳しく食餌の制約があった。回復期の彼は食欲に悩まされたが、付き添いの白衣の佳人は楚々と優しく、また断乎ときつく、看護は行き届いていた。誰もが何の懸念もなく退院の日を待っていた。ところが病気は彼を翻弄した。彼が食欲に負けて卑劣な行動をしたのでもなく、介抱に手落ちがあったわけでもなく、突如病気は逆転し、ふたたび命の瀬戸際にさまよった揚句、からくも取りとめた。手当ては慎重を極めた。はじめのときの倍の時間をかけて、のろのろと回復した。
 
 紙一枚の隙もない医局全員の注意にもかかわらず、ご丁寧にも三度同じコースで逆戻りをした。不思議に命強くもまた立ち直った。痩せに痩せて、唇は歯を隠さなかった。触れれば骨はカツカツ鳴るかに思えた。髪は抜け落ちてほうけ立った。熱焼けの黒い皮膚は沈んで、タオル寝巻きの水色が異様に浮き立った。今度こそ肥立ってようやく退院したけれど、彼はまるで人が違ったように無愛想、無口になった。大病後の憂鬱だろうという話だった。折から梅雨だったので、重い傘をひろげて私は予後の見舞に出かけた。
 
 浴衣に薄綿の丹前を羽織った彼は、予想に反してよくしゃべった。庭には玉あじさいが、ぼってりとうなだれて今をさかりの色を見せている。さあっと降りが濃くなると同時に、物陰の小暗さが急にあたり一面に染み出てきて、すわっている己が膝からさえ文色が消えていく。座蒲団も茶碗も水ばんで冷たく、雨よりほかは静かな部屋のなかで、ふと見れば彼はあらぬ方を惚れ惚れと見入って、ひとり笑いをしている。飛び出した頬骨と窪んだ鼻のあいだに幾筋もの皺を刻んで、歯ばかりが白く、いつまでもにやにやと笑いつづけている。目を追うとそこに、花が雨にたたかれて、かすかに揺れていた。
 
 「だって、すばらしいじゃないか。じいっと見ていて御覧よ、ね、わかるでしょう。ああ僕はあれを描く。」
 
 立ち上がる息子を見送って、その母は、二三日まえからあんなふうだと、不安にしおたれている。慰めかねて私も立って、彼の部屋へ行った。
 
 背をまるめ夢中で彼の描くものは、あじさいの玉には違いなかったが、弁々みな人の目であった。得意げに見せるどれもこれも皆あじさい、みな目であった。艶を含んで媚びた目、紫に燃える怒りの目、虚脱の目、怨恨の目、--しかもどの目もぞっとするしつこさで私を見つめた。私の目は絵の目に食い込まれて動かなかった。
 
 それから数日のうち、壁といわず畳といわず、木炭で絵の具で、部屋は目の花で残るところなく装飾されたそうな。彼はまったく狂った。やがて死んだ。
 
 あじさいはたびたび色を変えるところから七変化という。死から土にかえるまでの七変相を見せる花だともいうし、その匂いは死臭と同じだとも聴かされたことがある。竹に雀、菜種に蝶というならば、この花にはしとどの雨か。きのうきょう、よく降る雨ではある。
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说点题外话。小林一茶曾经为早逝的儿子作歌一首(有人说这是“一流的诗人,以最充沛的感情,写出二流的诗句”):露の世は、露の世ながら、さりながら。(露水的世啊,虽然是露水的世,虽然是如此。)这首诗周作人翻译的时候把那个“啊”字去掉了,变成:露水的世,虽然是露水的世,虽然是如此。有人评论说正是把那个啊字去掉了,周作人才之所以是周作人。很有道理。
 
翻译最后一句话的时候不知怎么就想起这个来。我最初翻成“常常会下着的雨啊”,想想不对,但又实在狠不下心来把那个啊字去掉,只好改成一个暧昧的“呢”。哎呀呀。

猫头鹰节

 
  早晨刚醒过来,外面闹哄哄的。望窗外一看,对面的楼上早就挂出来两只巨大的毛绒猫头鹰,许多窗口也挂着小不点点的微型毛绒猫头鹰。姑娘尖叫,小伙子吆喝,真是喧嚣的一天,猫头鹰节就是这样。
  我怕有人忽然从窗外冒出脑袋来冲我喊“猫头鹰”,赶紧起床跑到隔壁萨莎家。到了别人家,就不怕被突如其来喊“猫头鹰”的家伙们“敲诈勒索”了。萨莎兴冲冲地打扮,正准备去参加猫头鹰节的狂欢会。她那么兴奋,因为狂欢会上能见到她的偶像歌唱明星迪梨,还有很多平常见不到的好玩儿的人。
  我到这里的时间太短,对猫头鹰节的了解太少,虽然接到了狂欢会邀请,可不敢贸然前往,要是不懂规矩搞出乱子来就惨了。当然,最主要是我的头痛病不见好,没有精神去狂欢。那么,呆在萨莎家里就是最安全的了。人家看见萨莎不在家,就不会跟我这个客人恶作剧啦。
  傍晚,萨莎回来了。她看来玩得够疯狂,左脚竟扭了,是被送回来的。而且,是龙格送她回来的!龙格可是城里歌唱得最好的,明星气派跟迪梨不相上下。奇怪的是,萨莎看起来心事重重。龙格也沉默得很,把萨莎送进来,很礼貌地跟我行个见面礼就走了。
  一问,狂欢会上萨莎玩得很高兴,她还和迪梨一起唱了好几支歌。最后她还爬上了最高的台子跳舞,结果不小心摔了下来,扭了脚。那时候她仍然兴奋得厉害。喝得醉醺醺迪梨对萨莎特别友好,跳上台子宣布自己和龙格订婚的消息,然后一定叫龙格送萨莎回家。
  萨莎说龙格虽然是城里众多姑娘的梦中人,自己原来可不觉得他唱得多好。这回龙格送她,萨莎才发现龙格这人真不错,一点儿架子没有,还很细心,而且,原来龙格还很耐看。萨莎不是个能说会道的,龙格一路也不大说话,却让人很亲切,不觉得尴尬。到了我们楼下,龙格一定要背萨莎上楼。萨莎这时候就说了一句人们在猫头鹰节常说的话,“龙格,我要不是脚崴了,晚上就上你家窗口喊猫头鹰了。”在猫头鹰节,人人家里不许拉上窗帘。于是,可能一群人冷不丁从窗外露出脑袋,手里拿着毛绒猫头鹰,嘴里大喊“猫头鹰”,那是向你示好,顺便窥探一下你家里有什么可嘲笑的,比如屋子打扫得不干净,这时你就得任由他们笑话,不能反驳,往往还得送一只熏鸡他们才离开。当然,还可能有单个的姑娘或小伙子拿猫头鹰去敲异性的窗户,那差不多就是示爱了,要是被敲窗户的不中意那人,就得送人家一只熏鸡。所以呀,这猫头鹰节熏鸡卖得就很快。
  萨莎本意是和龙格开玩笑,说可能会去他家挑毛病,没想到龙格理解成另一种意思了。他沉默了一会儿,竟然说,“没想到你这么说,可惜昨天我已经和迪梨订婚了。”龙格那么严肃甚至有些失落的表情把萨莎吓了一跳,她愣了一会儿,突然也心慌意乱起来,不知说什么好。龙格再没说什么,把她送回家就回去了。结果萨莎就傻了,她好像猛地见了个宝贝马上又丢了一样,失魂落魄。萨莎是个平凡女子,想不到城里的巨星本可以是够得着的。这回知道了,却成了心病。
  尽管我劝了半天, 说那宝贝本来也不是你的,你就不必在意了,萨莎一时还转不过弯,眼神迷茫。都是猫头鹰节闹得。
  我没奈何,只好说晚上做好吃的请萨莎,就回自己的屋子。刚坐下,外面敲一声门进来一个少年,放下一只熏鸡就走。我奇怪地拿过来一看,一只鸡腿上写着送给萨莎,署名迪梨。看来是送错门了。可是,这是迪梨送来的呀,这也就是说,龙格告诉迪梨关于萨莎的事了。他怎么说的呢?城里的习惯是,订婚的姑娘会给未婚夫以前交往过的姑娘送熏鸡,以示友好,以后可以如亲戚般互相走动。这么看来,龙格对萨莎当真得很哪。而迪梨真是大方啊。
  咣当!我身后的窗户被什么打了一下。我吃了一惊,也不敢回头。
  “猫头鹰!”一群人大叫。
  我这才长出一口气,转过身,果然窗外是对面楼上一帮小丫头小伙子。
  “不叠被子好懒惰!不叠被子好懒惰!”他们大喊着,“我们也要熏鸡吃!我们也要熏鸡吃!”
  完了,被他们讹上了。看见我手里拿着熏鸡,他们哪能放过?再说,人家来“猫头鹰”你,这是荣幸,不能驳回人家的面子。我想了想,扯下系着纸条的鸡腿放桌上,笑呵呵把一只腿的熏鸡扔出窗户。他们嘻嘻哈哈骂了两声“抠门”、“独腿鸡”就跑走了,去讹诈别人。我忐忑不安地拎着鸡腿走进萨莎家。
  萨莎把鸡腿吃了。接着,她开始发愁以后要不要去拜访迪梨。我问她,这种情况是不是要经常来往啊。她想了想,说应该只在猫头鹰节的时候来往。
  “哈,那你怕什么,还有几个钟头猫头鹰节就过去了,明年再说吧。”
  “对呀,明年再说吧,”萨莎恍然大悟,过了片刻,又叫起来,“啊呀,龙格背我上楼,迪梨送我熏鸡,谁会相信呢!”
  这就是猫头鹰节。

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安冬霓的《夜的短章》,单独拿一篇出来看似乎也没有什么,但是如果几十篇放在一起读就不能不说是惊艳了。几年来在网上看到过不少美丽的散文和小说,也学到了很多东西,基本上都是看过就算,也没有想过收藏。(有时觉得挺可惜的。)但不知为什么就是对夜的短章念念不忘。我有时也做这样的梦,暗地里也试过几次,却总也写不出这样迷幻又灵动的文体。只有仰视的份。

塔希里亚故事集

作者的blog

我最喜欢的是这篇。

关于布尔玛和贝吉塔的爱情

七龙珠基本上是打打杀杀的漫画,自从悟空长大以后就变得有点单调。基本上是——对敌人力量的竭力渲染——超越界限——打败敌人——这样的套路。但是其中的细节还是有一些让人惊艳的东西。比如布尔玛的发型。这里贴出来的最后那一点我觉得简直是神来之笔。七龙珠在悟空长大之前的神来之笔很多,但是长大以后就属这里了。当初看的时候觉得最后那一点实在是突兀,然后就想,莫非!!!???果然不久以后布尔玛和贝吉塔生的儿子特兰克斯就从未来坐时光机器来到了这里。七龙珠里基本上是没有任何感情戏的,但是在这里,从之前布尔玛在那美克星上的那一段独白,到这里贝吉塔的自言自语,再到后来特兰克斯的出现,让我们看到了隐藏在那一次次大战之后的生活的真实。布尔玛当然是喜欢悟空的,可惜悟空刚一长大就莫名其妙地被骗结婚了。聪明美丽时髦又虚荣的布尔玛,和孤独高傲的塞亚人王子贝吉塔,以及花花公子雅木茶之间的故事,在漫画里虽然完全没有展开,却给人以充分的想象空间。从这一点上来说,七龙珠绝对要高过幽游白书,也要比海贼王略高一筹。当然这纯属个人观点。

顺便说一下,圣斗士星矢真的是很烂的漫画,比北斗神拳还烂。如果你想保持小时候的美好记忆,劝你就不要重读了。

都の苑

    

「うちのお父さまは、おもしろいお父さまね。」と房子は夕飯の後の皿小鉢を、手荒く盆に重ねながら、

「よそから来た嫁よりも、自分の娘に遠慮あそばしてるんだから。ねえ、お母さま?」

「房子。」と保子はたしなめた。

「だって、そうじゃないの?ほうれん草がうだり過ぎてたら、ゆで過ぎたと、おっしゃればいいじゃないの?すりえになるほどゆでたわけじゃなし、ほうれん草の形をしてるわ。温泉でゆでておもらいになるといいのよ。」

「温泉とはなんです。」

「温泉で卵をゆでたり、饅頭を蒸したりするじゃありませんか。どこやらのラジュウム卵というの、お母さまにいただいたことがあるわ。白身が固くて、黄身がやわらかいの・・・・・・。京都のへちま亭とかいううちも、上手だとおっしゃったじゃないの?」

「へちま亭?」

「瓢亭ですよ。それくらいのことは、貧乏したって知ってるわ。ほうれん草のゆで方なんて、上手もへちまもあるものかということですよ。」

保子は笑い出した。

「ラジュウム温泉で、熱度と時間を計って、ほうれん草をゆでてめしあがったら、お父さまもポパイのように、菊子さんがいなくても、元気がお出になるわ。」と房子は笑わないで言った。

「私はいやよ、陰気くさいわ。」

そして房子は膝頭の力で、重い盆を持ち上げながら、

「美男の息子と美人の嫁とが、おいであそばさないと、お食事がまずいんですかね。」

信吾は顔を上げて、保子と目が合った。

「よく舌がまわるな。」

「そうよ。しゃべるのも、泣くのも、遠慮してたんですもの。」

「子供の泣くのはしかたがないさ。」と信吾はつぶやいたまま、口を少しあけていると、

「子供じゃありませんよ。私ですわ。」と房子は台所へよろめいて行きながら、

「赤んぼが泣くのは、あたりまえですわ。」

流しへがちゃんと食器類を投げ出す音がした。

保子はとっさに腰を浮かせた。

房子のすすり泣きが聞こえた。

里子が保子をうわめづかいに見て、台所へ小走りに行った。

いやな目つきだと信吾は思った。

保子も立つと、そばの国子をかかえて、信吾の膝の上においた。

「ちょっと、この子を。」

そして台所へ行った。

信吾は国子を抱くと、やわらかいので、ぐっと腹に引き寄せた。赤んぼの足を握った。くびれた足首も、ふくらんだ足の裏も、信吾の手のひらにはいった。

「くすぐったいか。」

しかし、赤んぼはくすぐったいということを知らぬ風だった。

房子がまだ乳のみ子のころ、着替えのために裸で寝かせた、その両脇を、信吾はくすぐって、房子が鼻をすくめ、手を振り回したように思うが、よくは思い出せない。

赤んぼの房子が醜いのを、信吾はあまり言わなかったものだ。口に出そうとすると、保子の姉の美しい面影が浮かぶからだ。

赤んぼの顔は成人までに、幾度も変るという信吾の期待は、まあはずれたし、期待も年とともに鈍ってしまった。

孫の里子の顔立ちは、その母親の房子よりはましらしく、赤んぼの国子はまだみこみがある。

してみると、孫にまで、保子の姉の面影を求めようとするのだろうか。信吾は自分がいやになった。

信吾は自分がいやになりながら、しかし、菊子が流産した子供、この失われた孫こそは、保子の姉の生れがわりではなかったろうか、そしてこの世には生を与えられぬ美女ではなかったろうか、というような妄想にとらえられて、なお自分におどろいた。

そして、赤んぼの足を握る手がゆるむと、国子は信吾の膝から、台所の方へ立って歩いた。腕を円く前へ出して、足が定まらないので、

「あぶない。」と信吾が言ったとたんに、赤んぼが倒れた。

前へ倒れて、また横にころんだまま、しばらく泣かなかった。

里子は房子の袖にまつわり、保子は国子を抱いて、四人で茶の間にもどった。

「お父さまは、まったくぼんやりしてるのよ、お母さま。」と房子は食卓を拭きながら、

「会社から帰って、着替えるとき、お襦袢もきものも、自分で左前に合わせておいて、帯を巻きかけて、おかしな具合だという風に立っているんだから。そんな人ってある?お父さまも生れてはじめてでしょう。よほどどうかしてるわ。」

「いや、前にも一度あった。」と信吾は言った。

「その時は、菊子に、琉球では、右前でも左前でもよろしいそうですと言われたが。」

「へへえ、琉球では?どうですかね。」

房子はまた顔色が変った。

「菊子さんはお父さまのご機嫌を取るのに、ちえが働くから、うまいわね。琉球では、か。」

信吾は癇にさわるのをおさえて、

「襦袢というのは、元はポルトガル語だ。ポルトガルなら、左前か右前かわからんよ。」

「それも菊子さんのものしり?」

保子が横からとりなすように言った。

「夏のゆかたなんか、お父さまはよく裏返しに着てらっしゃるわ。」

「うっかり裏返しに着るのと、ぼんやり左前に合わせるのとは、わけがちがうわ。」

「国子に自分できものを着させてごらん。右前にするのか、左前にするのか、わからないから。」

「お父さまが赤んぼに還るのは、まだお早いわ。」と房子は屈しない調子で、

「だって、お母さま、なさけないじゃありませんか。息子の嫁が一日や二日さとへ帰ったからって、お父さまがきものを左前に合わせることはないでしょう。実の娘が、もう半年も、さとにもどったきりじゃないの?」

房子が雨の大晦日にもどってから、なるほど半年近くなる。婿の相原からはなにも言ってこないし、信吾は相原に会ってもいない。

「半年になるね。」と保子も相槌を打っておいて、

「房子のことと菊子のこととは、関係がないけれどね。」

「関係がないかしら?両方とも、お父さまには関係があると思うわ。」

「それは子供のことだから。お父さまに解決していただきたいわね。」

房子は下向いて答えなかった。

「房子、お前こういうときに、言いたいだけのことを、洗いざらいぶちまけてごらん。さっぱりするよ。菊子もちょうどいないし。」

「わたしが悪いんですから、開き直って言うことはないけれど、菊子さんの手料理でなくったって、だまって食べていただきたいわ。」と房子はまた泣きかけて、

「そうじゃない?お父さまはだまりこくって、まずそうに召し上がるのよ。わたしだってさびしいわ。」

「房子、言いたいことはいろいろあるはずです。房子、二、三日前に郵便局へ行ったの、相原に手紙を出したんでしょう。」

房子はびくっとしたらしいが、かぶりを振った。

「房子がほかに手紙を出すところもなさそうだし、私は相原さんだと思いましたよ。」

保子はいつになく鋭かった。

「お金でも送ったの?」と言ったので、保子が信吾にかくして、房子に小遣いをくれてるらしいと、信吾は察した。

「相原はどこにいるんだ。」

そう言って、信吾は房子に向き直ると、返事を待っていたが、

「うちにはいないらしいな。わたしは月に一度くらい、会社の者をやって、様子を見させている。様子を見させているというよりも、相原のおふくろに、養生費を少しずつとどけるんだ。房子が相原のうちにいれば、房子が面倒を見る人かもしれないからね。」

「まあ?」

保子はぽかんとして、

「会社の人を、おやりになるんですか。」

「よけいなことは聞きもしゃべりもしない、固い男だから、大丈夫だよ。相原がうちにいるのなら、わたしが行って、房子のことも話したいが、足の悪いばあさんに会ったってしかたがない。」

「相原はなにをしてるんです。」

「まあ、麻薬の密売かなにか、そんなことらしいが、それも手先に使われてるんだろう。悪い酒から、自分が先ず麻薬のとりこになっていったわけだな。」

保子は恐ろしそうに信吾をながめた。相原のことよりも、それを今までかくしていた夫を恐ろしがるとも見えた。

信吾はつづけた。

「ところが、足の悪いおふくろも、もうあのうちにはいないらしい。別人がはいってる。房子の家はなくなっているわけだな。」

「それで、房子の荷物はどうなったんですか。」

「お母さま、たんすもこうりも、とうに空っぽよ。」と房子が言った。

「そう?風呂敷包ひとつでもどって、お前がお人好しというわけですか。やれやれ・・・・・・。」と保子はため息をついた。

房子は相原の行方を知っていて、たよりしているのか、信吾は疑わしかった。

また、相原の落ちるのを支え得なかったのは、房子か、信吾か、相原自身か、その誰でもないのかと、信吾は暮れなずむ庭に目をやった。

    

十時ごろに信吾が会社へ出ると、谷崎英子の置手紙があった。

若奥さまのことでお目にかかりたくてまいりましたが、また後でうかがいます、というのだった。

英子が「若奥さま」と書くのは、菊子のほかにない。

やめた英子に代わって、信吾の部屋つきになった岩村夏子に、信吾は聞いてみた。

「谷崎は幾時ごろ来たの。」

「はあ、私が出まして、お机を拭いていた時ですから、八時ちょっと過ぎでしょうか。」

「待ってたか?」

「はあ、しばらく。」

夏子の重く鈍く「はあ」と言う癖が、信吾はいやだった。夏子の田舎の訛りかもしれない。

「修一に会って行ったか。」

「いいえ。お会いしないで帰ったと思います。」

「そうか。八時過ぎだと・・・・・・。」信吾のひとりごとだった。

英子は洋裁店へ出勤する前に寄ったのだろう。出直してくるのは、昼休みだろう。

大きい紙の端に小さく書いた英子の字を、信吾はもう一度見てから、窓のそとをながめた。

五月のうちでも最も五月らしく晴れ渡った空だった。

信吾は横須賀線の電車からも、この空をながめて来た。空を見た乗客はみな窓をあけた。

六郷川の光る流れをすれすれに飛ぶ鳥も、銀色に光った。北の方の橋を赤い胴のバスが走っているのも、偶然でないように見えた。

「天上大風、天上大風・・・・・・。」と信吾はにせ良寛の額の言葉を、なんとなくくりかえしていたが、池上の森を見て、

「おや。」と左の窓へ乗り出しそうにした。

「あの松、池上の森じゃないかもしれんぞ。もっと近いぞ。」

高くぬきんでた二本の松は、今朝見ると、池上の森の手前のようだ。

春だったり、雨だったりのせいで、これまでは遠近がはっきりしなかったのか。

信吾は窓から見つづけて、確かめようとつとめた。

また、毎日電車でながめているのだから、一度は松のある場所へ行って、確かめてみたい気持が動いた。

しかし、毎日と言っても、その二本の松を発見したのは最近のことだ。長年、ただ池上の本門寺の森と、ぼんやり見て通り過ぎていた。

ところが、その高い松が池上の森ではないらしいと発見したのは、今日初めてだ。五月の朝の空気が澄んだからだ。

上身を傾け合い、こずえは今にも抱き合いそうな、二本の松に、信吾は二度の発見をした。

昨日の夕飯の後でも、信吾が相原の家をさぐり、相原の老母を少し助けた話をすると、いきなり立っていた房子は、しんとおとなしくなってしまった。

信吾は房子がふびんになった。房子のうちになにかを発見したように思ったが、なにを発見したかは、池上の松の場合ほどはっきりしなかった。

その池上の松だが、二、三日前、信吾はこの松を見ながら電車のなかで、修一を問い詰めて、菊子が流産したと白状させた。

もはや、松は松だけではなく、松に菊子の堕胎がまつわりついてしまった。通勤の往復にこの松を見るたび、信吾は菊子のことを思い出させられるかもしれない。

今朝も勿論そうだった。

修一が白状した朝、二本の松は吹き降りのなかに薄く、池上の森ととけあっていた。しかし今朝は、森と離れて、堕胎がまつわって、松はよごれた色のように見えた。天気がよ過ぎたせいかもしれない。

「天気がいい日も、人間の天気は悪い。」と信吾はつまらぬことをつぶやいて、会社の部屋の窓にくぎられた、空を見るのをやめた。働き出した。

ひる過ぎ、英子から電話があった。夏服がいそがしくて、今日はでられないというのだった。

「いそがしいと言うほど、働けるようになったの?」

「はい。」

英子はちょっとだまった。

「今、お店から?」

「はい。でも、絹子さんはおりません。」と修一の女の名を、あっさり言って、

「絹子さんの出かけるのを待ってましたの。」

「ふむ?」

「もしもし、明日の朝、おうかがいいたします。」

「朝ね?また八時ごろ?」

「いいえ。明日はお待ちしてますわ。」

「そんなに急用?」

「はい。急用でないような、急用ですわ。私の気持では、急用ですの。早くお話したいんですの。すっかり興奮しちゃって。」

「君が興奮してるの?修一のことか?」

「お目にかかってお話しますわ。」

英子の「興奮」はあてにならないが、二日つづけて来てまで、話したいというのは、信吾を不安にした。

不安がつのって、信吾は三時ごろ、菊子のさとに電話をかけた。

佐川の家の女中が取り次いで、菊子が出るあいだ、美しい音楽がしばらく電話にはいっていた。

菊子がさとへ行ってから、信吾は修一と菊子の話をしていない。修一は避けるけはいだ。

また、佐川家へ菊子を見舞いに行くのは、ことを大きくしそうでひかえていた。

菊子の性質としては、絹子のことも流産のことも、さとの親きょうだいには話していないだろうと、信吾は思う。しかし、わからない。

受話器に美しい交響楽がはいっているなかから、

「・・・・・・お父さま。」と菊子がなつかしげに呼んだ。

「お父さま。お待たせしましたわ。」

「ああ。」と信吾はほっとして、

「からだはどう?」

「はい。もうよろしいんですの。わがままして、すみませんでした。」

「いや。」

信吾は後につまった。

「お父さま。」と菊子はまたうれしそうに呼んで、

「お会いしたいわ。これから、うかがってよろしいですか。」

「これから?大丈夫なの?」

「はい。早くお目にかかっておいた方が、おうちへ帰るの、恥ずかしくなくて、よろしいでしょう。」

「そう。会社で待ってる。」

音楽はつづいていた。

「もしもし。」と信吾はうながしておいて、

「いい音楽だね。」

「あら。とめるのを忘れて・・・・・・。バレエのレ・シルフィードですわ。ショパンの組曲。レコードをもらって帰りますわ。」

「すぐに来るか。」

「はい。でも、会社はいやですから、考えているんですけれど。」

そして、新宿御苑で待ち合わせてはと、菊子は言った。

信吾は面食らって、つい笑い出した。

菊子はいい思いつきと考えているらしく、

「お父さまも、緑でせいせいなさいますわ。」

「新宿御苑は、いつか一度、どうかしたはずみで、犬の展覧会を見に行ったことがあるだけだね。」

「私も犬のつもりで、見にいらっしゃればよろしいわ。」と菊子が笑った後にも、レ・シルフィードが聞こえていた。

    

菊子と約束通りに、新宿一丁目の大木戸門から、信吾は御苑にはいった。

乳母車は一時間につき三十円で、ござは一日につき二十円よりで、貸すという立札が、門監の横に出ていた。

アメリカ人の夫婦が、夫は女の子を抱き、妻はジャーマン・ポインターを曳いていた。

入苑して来るのは、アメリカ人だけだった。

信吾は自然とアメリカ人の後についた。

道の左にカラマツのような植込みはヒマラヤ杉だった。信吾は動物愛護会かの慈善園遊会で、前に来た時、みごとなヒマラヤ杉の群を見たが、どのあたりになるのか、今は見当もつかない。

右側の木には、コノテカシワとか、ウツクシマツとかいう名札がついていた。

信吾は自分が先だろうと思って、ゆっくり歩いたのだが、門からの道がすぐ池に突き当たる、その岸近いイチョウの木を背に、菊子はベンチで待っていた。

菊子は振り向いて、立ち上がる半ばでおじぎをした。

「早いんだね。四時半に、十五分ほど前だ。」と信吾は腕時計を見た。

「お父さまにお電話をいただいて、ほんとにうれしかったから、すぐ出てきましたの。どんなにうれしかったかしれませんわ。」と菊子は早口に言った。

「それじゃ待ったね?そんな薄着でいいのか?」

「はい。これ、女学生のころのセーターですから。」と菊子はぽっとはにかんで、

「さとには、私の着るものが残ってませんでしょう。姉のきものを借りても来られませんわ。」

菊子は八人きょうだいの末っ子で、姉たちもみなかたづいているから、姉というのは兄嫁のことだろう。

濃いグリーンのセーターは半袖で、信吾は今年初めて、菊子の裸の腕を見るようだった。

菊子はさとへ来て泊っていることを、少し改まった様子で信吾にわびた。

信吾はあいさつに困って、

「もう鎌倉へ帰れるの?」とだけ、やさしく言った。

「はい。」

菊子は素直にうなずいて、

「帰りたかったんですの。」と言うと、美しい肩を動かして、信吾を見つめた。肩をどう動かしたのか、信吾の目はとらえられなかったが、そのやわらかい匂いに、はっとした。

「修一は見舞いに行ったか。」

「はい。でも、お父さまのお電話がなければ・・・・・・。」

帰りにくいというのか。

言いさして、菊子はイチョウの木陰を離れた。

喬木に重いほど盛んな緑が、菊子の後姿の細い首に降りかかるようだった。

池はやや日本風で、小さい中の島の燈篭に白人兵が片足をかけて、娼婦とたわむれていた。岸のベンチにも、若い二人づれがいた。

菊子の行く方に行って、池の右へ木の間を抜けると、

「広いねえ。」と信吾はおどろいた。

「お父さまだって、せいせいなさいますでしょう。」と菊子は得意らしかった。

しかし、信吾は道端のビワの木の前に立ち止まって、その広い芝生へすぐには出ようとしなかった。

「じつにみごとなビワの木だね。邪魔するものがないから、下の方の枝まで、思う存分に伸ばしてるんだな。」

木の自由で自然な成長の姿に、信吾は豊かな感動をした。

「いい形だ。そうそう、いつか犬を見に来た時も、ヒマラヤ杉の大木がならんで、やはり下の枝まで、ずうっと伸びるだけ伸ばしているのは、気持よかったな。あれはどこだった。」

「新宿寄りの方ですわ。」

「そうだ。新宿の方からはいった。」

「さっき、お電話でもうかがいましたけれど、犬を見にいらしたって?」

「うん。犬はそうたくさんいなかったが、動物愛護会の寄付を集める園遊会でね。日本人は少なくて、外人が多かった。占領軍の家族や外交官だろうね。夏だった。赤い薄絹や水色の薄絹を、体にぐるぐる巻いたような、インドの娘さんたちがきれいだったね。アメリカやインドの売店が出ていた。そんなものが珍しい時分だから。」

二、三年前だが、なん年か、信吾は思い出せなかった。

しかし話すうちに、ビワの木の前から歩き出していた。

「うちの庭の桜ね、あれも根もとの八手を取ってやろう。菊子が帰ったら、忘れないようにおぼえていてくれ。」

「はい。」

「あの桜の枝は、刈り込んだことがないから、わたしは好きなんだ。」

「小枝が多くて、花がいっぱいつきますから・・・・・・。先月の花盛りに、仏都七百年祭のお寺の鐘を、お父さまと聞きましたわ。」

「そういうこともおぼえていてくれるんだな。」

「あら。私は一生忘れませんわ。鳶の声を聞いたことだって。」

菊子は信吾に寄り添って、ケヤキの大木の下から広い芝生に出た。

緑の大きい見通しに、信吾は胸がひらけた。

「ほう、のびのびする。日本離れがしていて、東京のなかにこんなところがあるとは、想像がつかないね。」と、新宿の方へ遠い緑のひろがりをながめた。

「ヴィスタに苦心してあって、奥行がよけい深く見えるんですって。」

「ヴィスタってなんだ。」

「見通し線というのでしょう。芝生の縁やなかの道は、みなゆるやかな曲線ですわ。」

菊子は学校から来た時、先生に説明を聞いたと言った。喬木を散植した、この大芝生はイギリス風景園の様式だそうである。

広い芝生に見える人たちは、ほとんど若い男女づればかりだった。二人で寝そべったり、腰をおろしたり、ゆっくり歩いたりしていた。五、六人づれの女学生や子供の群も少しは見えたが、あいびきの楽園に信吾はおどろき、場違いを感じた。

皇室の御苑が解放されたように、若い男女も解放された風景だろうか。

信吾が菊子と芝生にはいって、あいびきのなかを縫って歩いても、誰も二人を見ようとはしなかった。信吾はなるべく避けて通った。

しかし、菊子はどう思っているのだろう。老いたしゅうとが若い嫁と公園に来ただけのことだが、信吾にはなじめないものがあった。

新宿御苑で待ち合わせるという菊子の電話を、信吾はあまり気にかけなかったが、来てみると異様なことに思えた。

芝生のなかにひときわ高い木があって、信吾はその木にひかれて行った。

その大樹を見上げて近づくうちに、そびえ立つ緑の品格と量感とが信吾に大きく伝わって来て、自分と菊子との鬱悶を自然が洗ってくれる。「お父さまもせいせいなさいます。」でいいのだと考えた。

それは百合の木だった。近づくと三本で一つの姿をつくっているのが知れた。花が百合に似、またチューリップに似ているので、チューリップ・ツリーともいうと、説明書きが立っていた。北アメリカの原産、成長が早く、この木の樹齢はおおよそ五十年、

「ほう、これで五十年か。わたしより若いね。」と信吾はおどろいて見上げた。

広い葉の枝が二人を抱き隠すようにひろがっていた。

信吾はベンチにかけた。しかし落ち着かなかった。

信吾がすぐ立ち上がるのを、菊子は意外そうに見た。

「あの花の方へ行ってみよう。」と信吾は言った。

芝生の向うに花壇らしい、白い花の群が、垂れた百合の木の枝とすれすれの高さに、遠くあざやかに見えた。芝生を渡ってゆきながら、

「日露戦争の凱旋将軍の歓迎会は、この御苑であったんだよ。わたしもはたち前だったね。田舎にいた。」と信吾は言った。

「花壇の両側はみごとな並木で、並木のあいだのベンチに、信吾は腰をおろした。

菊子は前に立って、

「明日の朝、帰りますわ。お母さまにもそうおっしゃって、おしかりにならないように・・・・・・。」と言いながら、信吾の横にかけた。

「うちへ帰る前に、わたしに話しておきたいことがあるなら・・・・・・。」

「お父さまに?お話したいことは、いっぱいありますけれど。」

    

明くる朝、信吾は心待ちしたが、菊子の帰って来ないうちに家を出た。

「叱らないようにと言っていたよ。」と保子に言うと、

「叱るどこらか、こっちがわびるほうじゃありませんか。」と保子も明るい顔をした。

信吾は菊子に電話をかけただけのことにしておいた。

「菊子には、お父さまのききめは大したものですね。」

保子は玄関へ送りに出て、

「でも、いいわ。」

信吾が会社へ着いて間もなく英子が来た。

「やあ。きれいになったね。花なんぞ持って。」と信吾は愛想よく迎えた。

「お店へ出ると、もう抜けられませんから、町をぶらぶら歩いていました。花屋さんがきれいでしたわ。」

しかし、英子は真剣な顔で信吾の机に寄って来ると、「オ人バライ」と机の上に指で書いた。

「ええ?」

信吾はぎょとんとしたが、

「君、ちょっとどこかへ。」と夏子に言った。

英子は夏子が出て行くあいだに、花瓶を見つけて、三輪のばらを入れた。洋裁店の女店員らしいワン・ピースで、英子は変に切り口上で、

「二日もつづけてうかがって、私・・・・・・。」

「まあ、かけたまえ。」

「ありがとうございます。」と椅子に坐って、うつむいた。

「今日は遅刻させたわけだな。」

「はい、そんなこと。」

英子は顔を上げて信吾を見ると、泣きそうに息をつめた。

「言ってよろしいでしょうか。私、義憤を感じて、興奮しているのかもしれませんから。」

「ふむ?」

「若奥さまのことですけれど。」と英子は言いよどんで、

「中絶なさいましたでしょう。」

信吾は答えなかった。

英子がどうして知ったのか。まさか修一がしゃべりはすまい。しかし、英子は修一の女と同じ店にいる。信吾はいやな不安を感じた。

「中絶をなさるのはいいとしましても・・・・・・。」と英子はまたためらった。

「誰が君にそんなこと言った。」

「その病院の費用を、修一さんは絹子さんのところから、お持ちになったのですわ。」

信吾ははっと胸が縮んだ。

「ひどいと思いましたの。あんまり女を侮辱した、なさり方ですわ。無神経ですわ。若奥さまがおかわいそうで、私はたまりませんでしたの。修一さんは絹子さんにお金をお渡しになってるでしょうし、ご自分のお金のようなものかもしれませんけれど、私たちはいやですわ。私たちと身分がちがうんですから、それくらいのお金、修一さんはどうにでもお出来になりますでしょう。身分がちがいますと、それでよろしいんですか。」

英子は薄い肩のふるえ出すのをこらえていた。

「お金を渡す絹子さんも絹子さんですわ。私にはわかりませんわ。腹が立ちますし、とてもいやですし、私は絹子さんと同じ店にいられなくなってもいいから、どうしてもお話しに来たいと思いましたの。よけいなことをおしらせして、いけないんですけれど。」

「いや。ありがとう。」

「ここでよくしていただきましたし、私は若奥さまが、ちょっとお会いしただけで、好きですから。」

英子の涙ぐんだ目はきらきら光っていた。

「別れさせてあげて下さい。」

「うん。」

絹子のことにちがいないが、もしかすると、修一と菊子を別れさせろとも聞こえた。

それほど信吾は突き落とされていた。

修一の精神の麻痺と頽廃とにおどろいたが、信吾自身も同じ泥沼にうごめいていると思われた。暗い恐怖にもおびえた。

言うだけ言うと、英子は帰ろうとした。

「まあいい。」と信吾は力なく引き止めた。

「また改めてうかがいます。今日は恥ずかしくて、泣いたりするといやですわ。」

信吾は英子の良心と善意とを感じた。

英子が絹子を頼って同じ店につとめたのを、信吾は無神経だとあきれたものだが、修一や自分の方がどれほど無神経かしれない。

英子が残していった深紅のばらを、信吾はぼんやりながめていた。

菊子の潔癖から、修一に女のある「今のままでは」、子供を産まないと、信吾は修一に聞いたが、その菊子の潔癖は、まったく踏みにじられたのではないか。

菊子はそれを知らないで、今ごろは鎌倉の家へもどっているだろうかと、信吾は思わず目をつぶった。

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川端康成的长篇都是像短篇一样一篇篇地写出来,然后发表在各不相同的杂志上。没有开头,也没有结尾。「山の音」也是一样。「都の苑」最初发表在昭和28年1月的《新潮》上,是「山の音」中最具有情节起伏的一章。当初发表的时候副标题是「『山の音』の終局」,但其实后来川端康成又继续写下去了。

读过中文版的《伊豆的舞女》《雪国》《千羽鹤》,感觉都不怎么样。也许是翻译的关系,到底隔着一层。但是我非常喜欢「山の音」,觉得里面的信吾简直是太酷了。故事设定是败战不久,信吾是62岁,写作当时川端是五十岁左右。

长尾 (The Long Tail)

转载自译言。 
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1988年,英国登山家Joe Simpson写了一本名叫《触摸巅峰》(译者:这是Touching the Void通用的中文翻译的书。该书讲述了在秘鲁安第斯山脉发生的一次与死神擦肩而过的登山事故。这本书颇受好评,但不太畅销,并很快就被人们淡忘了。可十年后,有趣的事发生了。Jon Krakauer写的另一部描写登山悲剧的书《进入稀薄空气》成为了畅销书。突然间读者又开始对《触摸巅峰》 产生了兴趣。

为满足读者要求,Random House出版社立刻再版该书。图书销售商把《触摸巅峰》放在《进入稀薄空气》旁边来促销。《触摸巅峰》越卖越火。来年一月,该书的简装版再版,并连续高居《纽约时报》畅销书排行榜14周之久。同月,IFC制片公司出品了以该书为背景的纪实片,倍受好评。到今天《触摸巅峰》的销售量超过《进入稀薄空气》一倍还多。

到底发生了什么呢?简单地说,是Amazon (亚马逊)的推荐造成了这个现象。 网上书商Amazon的软件注意到不少喜欢《进入稀薄空气》的读者也喜欢《触摸巅峰》,就向购买《进入稀薄空气》的所有读者推荐《触摸巅峰》。读者接受了推荐,并且真的觉得这本书很好。一时间,网站的留言里好评如潮,销量因此进一步增加,这就带来了更多的好评,于是形成了一个正反馈。

值得注意的是,当Krakauer的书出版时,Simpson的书几乎已经绝版了。若是再早几年的话,《进入稀薄空气》的读者根本不会知道《触摸巅峰》的存在。即便知道,这本书也买不到了。但Amazon改变了这一切。通过把无限多的产品种类、实时的购买趋势和用户评价结合起来,Amazon 创造了一个把《触摸巅峰》由绝版书变成畅销书的奇迹。

这一案例不仅仅适用于网上书商,它其实揭示了一个全新的适用于媒体和娱乐业的经济模型。这个模型正渐渐开始显示它的威力。比如Netflix的网上DVD租赁、Yahoo! LaunchCast 的MTV、iTunes的网上音乐商城,和Rhapsody。 由于有几乎无穷多的产品可以选择,用户真正喜好的产品被挖掘出来。这使得传统商家如Blockbuster 录像租赁连锁店、Tower Records(CD零售连锁店)和Barnes & Noble (书店)望尘莫及。而这种前所未有的选择让用户流连忘返。当他们越来越远离传统的购买模式后,他们发现自己的欣赏口味竟是那么与众不同。或许以前的主流意识仅仅是被强大的市场营销、狭隘的产品选择以及亦步亦趋的流行文化所误导而已。

对上述公司的销售数据和趋势进行的分析显示,新兴的数字娱乐经济和今天的主流娱乐市场截然不同。如果说20世纪的娱乐业是以流行内容为主导的,那么在21世纪,那些非流行的内容将占据同样重要的位置。

为什么我们一直忍受着迎合大众口味的无聊透顶的夏季大片和粗制滥造的流行音乐呢?是因为市场经济的原因。大众化的口味实际上是不对称的供需关系的产物,是市场对产品分销能力不足的回应。

关键问题在于我们生活在一个物理的世界里,我们的娱乐产品直到不久以前,也是以实物为媒介的。这造成了两个重大的限制。

第一,娱乐业必须靠吸引当地消费者才能存在下去。一般来说,电影院放映一部电影,至少要在两周内吸引1500名以上的观众才能收回放映厅的租金。一个音乐制品店,平均每张CD至少在一年中要卖出两张,才能收回这张CD所占用的半英寸货架的租金。DVD出租、电子游戏零售、书报零售等都面临同样的问题。

在这些行业里,商家的进货必须要保证有足够的销量,才能抵消库存的费用。而另一方面,商家只能吸引有限的本地客户群。对于电影院,是周围10英里以内的人群;音乐制品店和书店的范围更小;而录像出租店可能只有一两英里的范围。一部优秀的记录片,在全国范围内可能有五十万观众会感兴趣,但这却没有任何意义;真正重要的是,在非常有限的地理范围内,如马里兰州洛克威尔市北部地区,或是加州Walnet Creek地区购物中心的人群中,有多少人会对此感兴趣。

很多出色的娱乐产品,在全国范围内会有大量热情的观众和听众,却难以跨越上述障碍。比如《疯狂约会美丽都(Triplets of Belleville)》这部广受好评,并获得奥斯卡最佳动画片提名的片子,只在全美6个影院上映过。一个更明显的例子是印度电影业在美国的遭遇。每年印度电影业有超过800部故事片出品;在美国有大约一百七十万印度裔;但最佳印度语影片《印度往事(Lagaan: Once Upon a Time in India)》(依据Amazon互联网电影数据库的评价)只在两家影院上映过。在美国上映过的印度影片总共也只有屈指可数的几部。受空间因素的制约,零 星分布的观众和没有观众几乎没有分别。

另一个限制来自于物理定律本身。一定频谱范围内的无线电波只能搭载有限的广播频道;同轴电缆只能传 输有限的电视频道。而一天又只有24小时播放节目的时间。广播和电视节目的传送要占用大量的有限资源。其结果呢,也是需要在一定的地域范围内有大量的听 众和观众。这同样成为很多节目难以逾越的障碍。

娱乐业在20世纪对上述限制的解决方案很简单:让大片充斥影院,把畅销的音乐装满货架,给 收音机听众和电视观众有限的选择,让他们甚至用不着换台。这样做其实没错。事实上,根据社会学家的理论,大片的产生有其心理学的根源--是一种从众心理和口碑效应的结合。而确实,颇有一部分在大众中流行的音乐、电影、书籍是高质量的。
 
但是,仅有流行的东西,对于我们当中的大多数来说,是远远不够的。每一个人的口味,都会或多或少地偏离主流。而对这些主流之外的东西探索得越多,我们就会越发沉迷于此。不幸的是,在最近几十年里,这些主流之外的东西统统被扫到了角落里——为传统娱乐业服务的市场营销对此根本不屑一顾。

以流行为主导的经济是旧时代的产物,在这个时代里,没有足够的库存空间来存放所有的东西,以满足每个人的需要。比如说,没有足够的货架来存放所制作的CD、DVD和游戏;没有足够的银幕来放映所有的电影;没有足够的频道来播放所有的电视节目;也没有足够的无线电波段来播放所有的音乐;甚至没有足够的时间把所有的内容传播给用户。

这是一个资源稀缺的世界。但是,随着在线分销和零售模式的出现,我们正迈入一个资源极大丰富的世界。这两个世界之间有着天壤之别。

Robbie Vann-Adibe 是数字点唱公司 Ecast 的首席执行官。该公司有超过15万首的曲目供其网络内的酒吧点唱。有一些统计数据非常令人惊奇,Robbie 总是爱据此来向参观者们提问,而所有的人无一例外都会答错。这个问题就是:在随便一家在线媒体商店(像Netflix,iTunes,Amazon,等等)的排行榜前1万首曲目里,那些每月至少被租出去或卖出去一次的曲目占多大百分比呢?

大多数人都会猜是20%,原因很简单:我们一直都是被这样教的。二八定律,也被称为帕累托定律(由意大利经济学家Vilfredo Pareto在1906年提出),在我们周围随处可见。由顶级制片公司制作的电影中,只有20%能够成为畅销片。这种情况同样发生在电视剧、游戏和通俗读物市场上。对于顶级音乐制作公司推出的CD来说,这个百分比还会更低。根据美国唱片业协会(Recording Industry Association of America)的统计,只有不到百分之十的唱片能够盈利。

但是,Vann-Adibe 告诉我们说,正确的答案应该是99%,也就是说,市场对于排行榜前1万首曲目当中的几乎每一首都会有所需求。Vann-Adibe 在他自己公司的统计数据中观察到了这一现象:每个月里都有数以千计的听众花钱点唱那些在其他传统点唱服务中根本就不可能找到的曲目。

人们之所以答错 Vann-Adibe 的问题,是因为这个问题的正确答案在两方面上都与人们的直觉背道而驰。第一点就是,在娱乐业中,二八定律是关于流行的定律,与销售没有任何关系。我们被禁锢在以流行为主导的惯性思维中——我们以为如果一个东西不流行的话,就不可能赚钱,也就不可能返还制作成本。也就是说,我们已经先入为主地认为,只有流行的东西,才有存在的价值。但是,Vann-Adibe,也包括iTune、Amazon和Netflix的管理者们,却发现那些非流行的东西同样能够赚钱;并且由于数量庞大,其盈利总和足以形成一个新兴的巨大市场。

对于iTunes这样的纯数字服务来说,由于不再需要货架,也没有制造成本和分销费用,卖出一件非流行品与卖出一件流行品之间没有任何区别,它们的边际利润都是一样的。流行与非流行有同样的经济基础,它们都只不过是数据库中的一条记录,等待对其需求做出响应,因而具有同样的存货价值。于是乎,流行不再是利润的唯一代名词了。

第二个原因在于业界对于人们的需求没有正确的认识。事实上,我们对于自己想要什么也并不是很清楚。比如说,我们以为一件商品,如果没有摆在沃尔玛(Wal-Mart)或其它主要零售商的货架上的话,那么对这件商品的需求量一定很低;否则沃尔玛们没有理由不卖它。至于剩下的80%,充其量也只能算是准商业化(subcommerical)的产品。

事实上,沃尔玛并不像看上去的那样大众化,它所出售的商品都是选之又选的。一张CD,沃尔玛必须卖出超过10万张拷贝,才有可能收回成本并产生足够的利润。而只有不到1%的CD能够达到这个销量。对于那6万个想要购买最新的《Fountains of Wayne》或《Crystal Method》专辑,或是其它非主流音乐的顾客,该怎么办呢?他们只好到别的地方去找了。书店、电影院、电台和电视台等,都会同样的挑剔。我们把大众市场(mass market)与质量和需求等同起来,而事实上,它只不过代表了千篇一律的重复性、狂轰乱炸的广告效应以及泛泛而肤浅的诉求。我们到底想要什么?我们还正在探索,但很明显地,我们想要的绝对要比这多。

为了了解我们那种不受资源稀缺的经济所限制的真正口味,让我们来看看Rhapsody吧。这是一个允许其订阅用户下载流媒体音乐的服务(属于RealNetworks),目前提供的曲目超过73万5千首。

如果把Rhapsody每月的统计数据绘成图表的话,你会得到一条描述需求的“幂次法则”(Power Law)曲线,它看上去跟其它音像商店的曲线很相像:最热门的曲目有非常大的需求,随着热门度的降低,需求量急剧减少。但是当你仔细研究排行榜上4万名开外的曲目时,有趣的事情发生了。4万首曲目通常是一个中等音像店的流动库存量(即最终会被售出的专辑)。沃尔玛等其他传统零售商的曲线在这里变成了零——或者是因为它们根本就不经营这么多的CD,或者是因为这些边缘曲目的本地爱好者们没能在商店里找到它们或者根本就没有迈进过商店的门。

而在Rhapsody的曲线上,需求量仍然维持在零以上。不仅仅是排行榜前10万的曲目每个月都至少会被下载一次,连那些在排行榜上排到20万、30万甚至是40万的曲目,都有人下载。不管Rhapsody如何迅速地扩张它的曲目库,那些曲目总能很快地找到听众,尽管每个月可能只有寥寥的几个人,从美国的某个角落点播了这些曲目。

这就是长尾。

在这个长尾上,你能找到任何东西。这里有年代久远的旧唱片,忠实的老歌迷们仍然会满怀深情地想起它们,或者年轻的一代会重新发现它们。这里有现场录音,单曲,混编曲目,甚至是唱片的封套。这里有成千上万的细分再细分的小类别:想象一下,就好比一家Tower Records音像店,只出售80年代的hair bands (70年代兴起的重金属摇滚的一种)或是 ambient dub (参见这里)。这里还有那些在进口品货架上找不到的外国曲目,以及那些名不见经传的小乐队的演奏,其中的很大一部分根本就无从通过分销渠道进入现实当中的Tower Records音像店。
当然,这里面也有很多垃圾。不过,即使是流行的专辑,一样难免会有垃圾。听CD的时候,人们不得不跳过那些难听的曲目;而在网络上,人们则可以借助于群体选择的过滤作用轻易地避开那些垃圾。一首难听的曲目,如果刻在一张价值15美元的专辑里,就要白白花掉你大概十二分之一的价钱;但如果放在网络的某个服务器上,则没有什么危害——在一个曲目凭其自身价值来推销自己的市场中,这样的曲目根本得不到人们的注意。

长尾真正令人吃惊之处在于它的数量。将长尾上足够的非流行累加起来,就会形成一个比流行还要大的市场。以图书为例:Barnes & Noble 的平均上架书目为13万种。而Amazon有超过一半的销售量都来自于在它排行榜上位于13万名开外的图书。如果以Amazon的统计数据为依据的话,这就意味着那些不在一般书店里出售的图书要比那些摆在书店书架上的图书形成的市场更大。也就是说,如果我们能够摆脱资源稀缺的限制,潜在的图书市场将至少是目前的两倍大。曾在音乐行业担任过顾问的风险投资家Kevin Laws 是这样总结这一现象的:“最大的财富孕育自最小的销售。”

这个结论对于娱乐业的所有其它领域或多或少也都是适用的。就拿网上销售和传统销售比较来说:Blockbuster 平均只能提供不到3000个DVD;而 Netflix 有1/5的出租量来自于其排行榜3000以外的内容。Rhapsody 每月被下载的歌曲中,在排行榜1万名以外的曲目甚至超过了在排行榜前1万名的曲目。在每一个例子里,那些传统的实体零售商们所无法触及的市场是巨大的,并且还在变得越来越大。

当你仔细思考这个问题的时候,你会发现互联网上最成功的商业都是以某种方式整合了长尾市场。例如,Google 的大多数收入来自于小广告客户(广告的长尾);eBay 也是如此,众多细分市场以及只出售一件的商品形成了它的长尾。正如 Rhapsody 和 Amazon 一样,通过克服地域和规模的限制,Google 和 eBay 也成功地开拓了新的市场并同时拓展了现有的业务。

这就是长尾的力量。从那些先行者们那里我们可以学到三条重要的经验,我们将之称为新娱乐经济的新规则。

规则1:要应有尽有

如果你喜欢纪录片,Blockbuster 是不能满足你的。事实上,任何一家影像店都不能——现存的纪录片实在太多了,而它们的销售业绩又是如此糟糕,没有谁会在自己的货架上摆上几十张这样的片子的。不过,你可以加入Netflix,在那里你能找到上千部纪录片。因为Netflix的商业模式使出租纪录片成为可能。这样的大手笔给了纪录片行业一个振兴的机会。在去年,抓住弗雷德曼一家Capturing the Friedmans)这部纪录片在全美租赁收入当中有超过一半来自于Netflix 。这部影片讲述了一个家庭被恋童癖指控所摧毁的实事。

Netflix 的首席执行官 Reed Hastings 是一个纪录片爱好者。他把这一令人震惊的新发现同美国公共广播公司PBS 进行了交流,后者制作过一部关于美国士兵和越南妇女所生育的孩子的纪录片——《美国女儿越南妈妈》(Daughter From Danang)。该片曾在2002年获得奥斯卡提名并赢得圣丹斯(Sundance)电影节最佳纪录片奖。但是当时PBS并不打算发行 DVD 版本。Hastings 承诺负责DVD的生产和分销,条件是 Netflix 拥有该片的独家授权。现在,《美国女儿越南妈妈》一片在 Netflix 的纪录片排行榜上始终列在前15名里。这可意味着一个租赁者数量达到数万的市场。如果没有 Netflix,这样的市场根本是不会存在的。

还有许多具有同样吸引力的题材或细分题材以往被传统的DVD 渠道所忽视了:像是外国片、动画片、独立制作电影、英国肥皂剧、老式的美国情景喜剧,等等。这些被忽视的市场组成了 Netflix 租赁业务的巨大一块。光是宝莱坞(Bollywood,是印度的著名电影业基地)一块,每月的出租量就接近10万。由于能够找到各种稀奇古怪的片子,新的顾客蜂拥而至——对于订阅服务业来说,能够不花钱而吸引到大量用户,这无疑比金子还珍贵。所以,这第一课就是:抓紧那些细分市场。

那些电影院和影像店无法获利的事业,Netflix 却做得非常成功,原因就在于它能把分散的用户聚集起来。它根本就不介意那几千名想租神秘博士Doctor Who)的人们是居住在同一个城市里,还是零零散散地分布在全国各地——对于Netflix 来说,它们的经济学意义是一样的。Netflix 冲破了物理空间的束缚。它所真正关心的,既不是顾客们分布在哪里,甚至也不是有多少顾客会对某一特殊的片子感兴趣,而是只要有需求就可以了,至于在哪里都无所谓。

结果就是,任何东西,只要有一点点的机会能够找到买主,就有存在的价值。这与当前的娱乐业的看法是截然不同的。今天,一部老片子是否以及什么时候出DVD是由若干因素决定的,包括需求估计,幕后花絮等附加资料是否存在,以及周年纪念或是颁奖或是每一代人的时间跨度(迪斯尼基本上每十年发行一次它的经典之作因为新一代儿童成为了观众)等等推销时机。这些条件形成了一个很高的门槛,这就是为什么只有很少一部分的电影制成了DVD。

也许对于真正的经典来说,这种模式是有一定道理的。但是对于绝大多数的其它作品来说,这样做未免无事生事了。而与此相对的是,在长尾模式中,只需要把这些内容简单地刻成 DVD 就成了,也不需要有什么附加资料或是推销时机。就把这些 DVD 称为银色系列好了,并且只收正常DVD一半的价钱。独立制片的作品也可以这么办。今年,有将近6千部电影被送交到圣丹斯电影节。其中只有255部被接受了,而这里面又只有二十几部片子被选中发行。想看其它的片子,你就必须亲自参加电影节了。为什么不每年把所有的255部片子都制成 DVD并作为圣丹斯系列打折发行呢?在长尾经济里,评估一部片子比发行其DVD 要更费钱。所以,请尽管做就好了!
 
音乐界也应该如法炮制。业内公司应该设法获得版权以便能够尽快地发行那些不再流行的音乐,并把这变成一个机械的、自动的、大规模生产的流程。(这是为数不 多的希望这个世界上能多有几个律师的时候。)游戏业也是一样。 怀旧游戏,包括那些在现代个人电脑上运行的经典老游戏的模拟版,由于第一代游戏迷的怀旧情节而日渐风靡。每个游戏出版三年后,游戏发行商都应该以99美分 的价格让玩家下载--无需提供技术支持、质量保证和产品包装。

所有这些策略无疑对图书也适用。我们看到绝版书和正在销售的书之间的界限已经越来越模糊。Amazon和其他旧书销售网络使得买一本二手书和买新书一样容 易。由于图书销售不再受地理限制,这些旧书销售网络创造出了一个流动市场来销售需求量很小的图书。这极大地扩大了它们自己的生意,同时极大地增加了整个市 场对旧书的需求。加上越来越便宜的“按需求打印”的出版技术,无需过多解释为什么每本书都应该能买到已经成为可能。事实上,今天的孩子们非常有可能不知道绝版 书是什么意思了。

规则2:比半价还要更便宜

苹果iTunes的成功使我们以每首99美分的标准价格下载音乐。但这个价格合理么?

问问唱片公司,他们会说这过分便宜了!虽然每首99美分的价格和现在一张CD上平均每首歌的价格差不多,但大多数消费者只买一张专辑中的一两首歌,而不是整张CD。 事实上,网上音乐销售业正在出现向50年代单曲商业模式的回归。所以从唱片公司的角度,消费者应该为他们获得“点歌”的权利而多付些钱,这样才能弥补唱片公司未能销售整张专辑的损失。

但另一方面,如果问问消费者,他们会说99美分还是贵。首先,99美分显然比从Kazaa (一个P2P网络)上免费下载贵。但除此之外,99美分在经济学角度也讲不通:很明显,通过网络下载音乐,唱片公司的费用远远低于99美分。没有包装、生产CD、分销、存货的费用,单曲的价格为什么不能更便宜呢?

令人惊讶的是,有关什么是音乐下载合理价格的出色的经济分析非常少见。主要原因在于这个价格目前不是由市场决定的,而是由唱片公司的“准卡特尔(译者:决定市场价格等的行业联盟)”决定的。唱片公司给单曲制定了一个65美分的批发价格。这使得零售商尝试不同价格的空间变得很小。

这个批发价格大致和CD上每只单曲的平均价格吻合。目的在于避免唱片公司惧怕看到的“渠道冲突”。唱片公司担心如果音乐下载的价格过低,仍旧占有 市场主导地位的CD零售商会造反,或者出现另一种更可能的情况,就是加速CD零售商的死亡。 不管哪种情况,都会把当前的音乐市场搅得更乱,使已经惶惶然 的唱片公司更加不可终日。无疑,他们在制定价格时考虑的是走下坡路的传统的CD零售业,而不是蒸蒸日上的音乐下载的销售方式。

如果唱片公司放弃抵抗会发生什么呢?大胆地猜测一下新音乐经济中把一首歌上载到iTunes 服务器的费用以及依此而定的价格到底如何?结果是惊人的。

零售环节不必要的花费都可以省掉,如制造CD,分销和零售。剩下的是发现、制作音乐和市场营销的费用。假定这些费用不变,从而保证音乐创作者和唱片公司获得的利益也不发生变化。对于一张销量30万张的专辑,每张CD音乐创作的费用约为7.5美元,折算到每首曲目约为60美分。下载音乐的服务所需要的开发和维护费用约为每首曲目17美分,而存储和带宽的费用几乎可以忽略不计。按照上述计算,当前流行曲目下载的价格比合理的价格要贵了25%。合理价格应该是79美分,这反映了用数字方式传播音乐节省的费用。

暂不考虑“渠道冲突”的问题,如果通过网络传播音乐的边际费用比以实物为物理依托(CD)传播音乐的边际费用低,那么网上下载音乐的价格也应当便宜。数字化的费用,而不是物理的花费决定价格。

这些消费者的福音对音乐产业也是有益无害的。薄利自然造成多销。去年Rhapsody进行了一次有关需求弹性的试验。试验结果指出销量的增加非常显著。在试验期间,Rhapsody给用户提供了三种单曲价格,99、79、49美分。尽管49美分已经低到99美分原价的一半,但销量却是原来的三倍。

唱片公司每首单曲的费用还是65美分,Rhapsody额外每首曲目还要付给版权拥有者8美分,所以这个试验是赔钱的。(不过,正如那句老式玩笑,赔本赚吆喝。) 但长尾经济中可销售的大量产品是那些已经把本赚回来了的老内容,还有些是被认定赔本已经被划销了的。又比如由接受唱片公司很少投资的乐队用低廉的费用创作的音乐,以及其他实况录音、老歌翻唱等等。

这些非主流音乐的制作成本比流行作品还要更低。那为什么不能更便宜地卖给消费者呢?想像一下,沿着长尾曲线向末端移动的产品越来越便宜。实际上,是流行程度(也就是市场)在决定价格。只要唱片公司把那些销量不是很大的单曲的批发价降低些,比如提供一个两三种价位的价格模式,情况就会大大改观。而由于上述的大部分内容在传统的音乐零售店根本找不到,也就不大会出现“渠道冲突”的风险了。我们学到这样一点:用低价格把消费者引向长尾末端。
 
唱片公司到底可以把价格降到多低呢?答案来自于对消费者心理的研究。对那些音乐爱好者们来说,他们关心的并不是到底从iTunes和Rhapsody买多少首歌,而是花钱买歌与从Kazaa等点对点网络免费下载歌曲之间的比较。消费者们能够直觉地感到免费的音乐并不是真正免费的:除去法律方面的风险,通过这种途径来建立自己的收藏是一件很花时间的事情。唱片来源不一致,质量不稳定,还有约百分之三十左右的曲目会存在这样或那样的缺陷。正如Steve Jobs在iTunes的音乐店开张时说的,从kazaa下载音乐可能会让你省一点点钱,但你等于在做一份比最低工资标准还低的工作(译者:这样做得不偿失)。对音乐如此,对电影和游戏来说就更是这样了:盗版产品的质量更加令人沮丧,还可能包含病毒,下载也要花长得多的时间。

所以说,免费是有代价的:这就是方便,是一种心理上的价值。当人们觉得不值得这样做的时候就会掏出他们的钱包。准确计算这个价值量几乎是不可能的,需要考虑到在校学生的钱包厚度以及他们的空闲时间。不过我们至少可以假设一下,比如说音乐,这个价值是每首歌20美分左右。这实际上划定了长尾商业市场以及地下市场之间的分界线。两个市场仍将同时存在,但对于习惯用长尾来思考的人们来说,关键是要充分利用20美分到99美分之间的机会来最大化他们的市场份额。通过提供合理的价格、方便的使用以及稳定的质量,你是可以同免费进行竞争的。

也许最好的方式是停止对单曲的收费。eMusic的拥有人Danny Stein认为,未来的商业应该完全从版权所有模式中脱离出来。随着有线的以及无线的宽带网络变得无处不在,越来越多的消费者们会转向点唱式的音乐服务,这种服务能够提供他们所需要的任何曲目。某些曲目会由广告支持并对听众完全免费,就象广播电台一样。其它的,像是eMusic或Rhapsody,将会是一种订阅模式的服务。今天,iPod在数字音乐经济中独占鳌头,其模式是付费的个人曲目收藏。随着网络的完善,并借助于广告的赞助或是划一收费(比如月费9.99美元的无限制下载),无限制流媒体音乐的经济优势将会改变市场的方向,并在零售音乐模式的棺材上钉上又一颗钉子。

规则3:引导用户去探索

在1997年,一个名叫Michael Robertson的创业者开办了MP3.com——一种看上去很像是典型的长尾商业。任何人都可以上传音乐文件并可以让任何人下载。其理想是,通过这种服务,艺术家们可以跳过唱片公司直接同听众们建立联系。那些想要在网站上毛遂自荐的乐队们需要付一定的费用,MP3.com则通过这些收费来赚钱。这样,唱片公司的专制将被终结,一幅百花齐放的美景将呈现在人们面前。

许多人实际上利用这一服务来非法地上传和共享那些商业曲目,结果导致了唱片公司对MP3.com提出起诉。抛开这点不提,MP3.com也未能实现其设想的目标。那些在生存线上苦苦挣扎的乐队并没能找到新的听众群,独立音乐制作也并未获得任何改观。相反地,MP3.com为自己赢得了一份不光彩的声誉:一个良莠不分的充斥着大量粗制滥作的音乐集合。

MP3.com的问题在于,它只顾及了长尾。它没有同唱片公司达成版权协议来提供任何主流或流行的商业音乐,因而就没有消费者所熟悉的产品作为入手点,也就失去了进一步开拓的基础。

而只提供流行的东西同样好不到哪儿去。看看那些有线电视公司提供的视频点播服务,或是制片厂们维持的视频下载服务Movielink,无一不在苦苦支撑。过于强势的内容提供方以及过高的成本使得他们能够提供的内容非常有限:通常只是最近发行的几百部片子。由于缺少选择,他们无法影响消费者的行为,也无法成为娱乐经济中一股举足轻重的力量。

与此相比,Netflix,亚马逊(Amazon)以及其它商业音乐服务的成功表明我们必须同时顾及曲线的两个端头。大量的非主流作品库藏让它们变得与众不同,但同时,流行作品仍然是在第一时间吸引顾客的关键。然后,出色的长尾商业才能进一步引导顾客们根据其爱恶,去轻松地探索那些未知的领域。

举例来说,出现在Rhapsody首页上的是Britney Spears(布兰妮),这毫不惊奇。在她的歌曲列表边上有一个列有“同类艺术家”的方框,其中就有Pink(平克)。如果你点击了Pink的链接并且对你听到的感到满意的话,同样还可以继续探索与Pink类似的艺术家,比如说,No Doubt(无疑乐队)。而在No Doubt的页面上列有一些同流派的先驱和追随乐队,其中你会找到Selecter,一个80年代来自英国考文垂的ska乐队(ska是一种牙买加风格的音乐)。通过三次点击,Rhapsody就有可能引导Britney Spears的歌迷们去尝试一个在音像店里很难找到的专辑。

Rhapsody是通过人工编辑与类别引导相结合来向用户进行推荐的。而Netflix(其百分之六十的租借源于推荐)和亚马逊是通过群体过滤的方式,即利用用户的浏览和购买模式来引导那些有相同行为的顾客(“购买此作品的顾客还买了……”)。不管哪种途径,目的是一样的:通过推荐,把顾客的需求朝长尾的方向引导。

这就是推动型模式与拉动型模式之间,广泛性与个性化口味之间的差别。长尾商业通过在大众化产品之外提供众多的个性化定制,从而做到区别对待每一个个体的客户。

所带来的好处是全方位的。对娱乐业自身来说,推荐是一种非常有效的市场营销手段,它使得那些低成本电影和非主流音乐能够找到自己的观众群。对消费者来说,如果好的推荐机制能够让他们得到信噪比更高的、更准确的其他产品信息,这无疑会激发他们进一步探索的兴趣以及唤醒他们对音乐和电影的热爱,从而创造一个更大的娱乐市场。(Netflix的用户平均每月租七部DVD,三倍于那些普通店铺的租借率。)从文化的角度来说,所带来的好处体现在文化的更加多样化,扭转了一个世纪以来由于分销渠道的匮乏而造成的单调乏味局面,并终结了流行文化的专制地位。

这就是长尾的力量。它的时代已经到来。

(完)