| path2math's profile厚积薄发BlogLists | Help |
厚积薄发 |
||||
高一些,再高一些…… 巴库最有名的建筑物“少女之塔”在面前耸立着。我们头上的夜空中,不知是燕子还是蝙蝠气势汹汹地交叉飞舞。这座让人印象深刻的八层的石头堡垒若是从正上方看来会是个巨大的逗号的形状,究竟是谁为了什么而建造了它没有人确切地知道。有历史学家说这是伊斯兰纪元以前的军事要塞(真是一支小军队啊)。也有说这是崇拜火的琐罗亚斯德教徒所建,一层到七层分别献给七位神明(第八层则是后来加盖的)。
我最喜欢的,是一位想要和自己的女儿结婚的王所建的说法。女儿对自己的父亲也就是王回答说,要是有一所隐居的家,这好色的求爱也可以接受;于是王下令建造了这座塔。盖完一层女儿又要求再建高些,高一些,再高一些。直到第八层也完成了,女儿登上塔顶,然后跳向了眼下的里海—— ----------------------------------
我在一本名叫《Fugitive Denim》的书中看到这个故事。我什么时候再好好写写这本书。这个故事被插在一段没有太大关系的文字中间,显然作者也对它爱不释手。真是个好故事啊…… Void Cube & Mirror Blocks Void Cube 是六面中空的魔方,由日本天才手艺人岡本勝彦所制。我高中的时候曾经考虑过魔方的构造,关于它如何能转起来而不会散掉。当时考虑的构造和这 Void Cube 十分类似,还曾经自己用硬纸板试制过,当然不可能转起来。后来拆了市面上的魔方发现和我想的很不一样,直到看到 Void Cube ——为了没有中心也能转起来可以想见这东西对精度的要求非常高,内部的凹槽和滚轮十分精巧,目前转动起来比我那倍受折磨的普通魔方还要顺畅。除了硬件上的难题,软件上 Void Cube 也有特别之处:会玩魔方的人都知道,普通的魔方,把前后左右四个面的中心块顺时针旋转90度,所得到的图案是不能实现的——用数学的语言说,所有边块和所有角块的置换的符号之积必须为1。(关于魔方的不变量以前写过一点介绍,请参阅这里)然而在 Void Cube 中中心块看不见了,但它实质上仍然是与普通魔方相同的群构造,所以比如说如果你用 Friedrich Method 或是其他任何一种 “底层中层+顶层”的还原法来还原 Void Cube,底层中层都还原之后,顶层可能会出现普通魔方中不可能出现的情况,比如两个边块的位置互换。这时你需要把底层转动90度然后从头开始再还原一遍。也就是说对于普通魔方所使用的最有效的还原法,对 Void Cube 来说不再是最有效的了!我听说魔方还有 “底层顶层+中层”的还原法,这个大概对 Void Cube 比较有效,可惜我完全不会。有会的人请教教我。
Mirror Blocks 是六面都是银色的魔方,各个小块不是靠颜色而是靠形状来区分——魔方的转轴不是在立方体的中心位置,所以各个小块都是长短各异的长方体。这东西本质上和普通的魔方一样,但是转开来以后你会惊叹于它的形状是多么的不规则,也于是会感到这东西能还原成立方体有多么的不可思议——即使知道是自己转出来的。鲁比克同学本是建筑学的教授,也许 Mirror Blocks 才是他本来想要做的吧。
附照片一张:
八卦:下面垫的这本书是 Barth-Hulek-Peters-Van de Ven 的 《Compact Complex Surfaces》 宪法9条是鲜花插在牛粪上!5月3日是日本宪法日。今天的朝日新闻上发表访谈《憲法9条は日本人にはもったいない》是我近来看到的少有的有骨气的文字。这些话要是由我这个不劳徒食地生活在这片土地上的理想主义的外国人来说当然没什么价值,由这位伊勢崎賢治来说就不同。现全文抄录于下,翻译是我做的。
伊勢崎賢治 57年生。早稻田大学理工学硕士毕业。印度留学后加入国际非政府组织于非洲活动。在东帝汶和塞拉利昂的联合国维和行动中担任纷争处理和武装解除。在阿富汗作为日本政府特别顾问指挥武装解除行动。现东京外国语大学教授。
宪法9条是鲜花插在牛粪上
“最大的违宪”索马里海域的自卫队派遣、为什么不反对?
——向索马里海域派遣海上自卫队的性质与以往不同,是为了保护与日本有关的船只不受海盗的袭击。内阁府的舆论调查显示63%的支持。
“参加联合国的维和行动也好、向伊拉克派遣陆上自卫队也好、日本政府提出的口号‘国际贡献’‘伊拉克的复兴支援’是对是错先放在一边,怎么说也是‘世界的利益’。但这次首相在国会答辩中的陈述,总归为‘国益’。这样的情况为战后首次。日本终于,揭起‘国益’的旗子要向海外派遣自卫队了。” ——保护国益岂不是好事吗,这恐怕是大多数人的意见。 “不不,这是明明白白的宪法违反。现行宪法诞生的背景是对第二次世界大战的反省。日本人在接受新宪法的同时,也宣誓了不拥有强大的军事力,不追求非得向外派遣军队才能保护的国益。这是宪法9条的根干。 “在我看来不仅向伊拉克的派遣,在印度洋的加油行动也是违宪。但,尽管是实质上的战争协助,好歹也伪装成‘世界的利益’。现在想来比索马里的派遣还要好的多了。”(苦笑) ——不仅是一般人,从护宪派的人中对这次的索马里派遣也没有看到有大的反对。 “我本以为会有最激烈的反对运动发生,然而当事人的护宪派这次没有反应。所以我说‘9条是鲜花插在牛粪上’。 “他们为了9条不被改动,长期以来坚持不懈。不可以向海外派遣自卫队,参加联合国的维和行动也不行。我是把联合国的维和行动看成‘世界利益’的,但也对他们的批判精神表示敬意。但是这次,挑战9条根干的揭扬国益的海外派兵,他们的批判精神没了反应。要是想着是为了救助日本人是没办法的事,护宪运动也就算崩溃了。我也是护宪派。我甚至想着要作一个‘败北宣言’。” ——你的意思是自卫队不可以保护日本人不遭海盗吗。 “是的。自卫队在海外护卫日本关系的船只是错误的。宪法上,依靠军事力来保护在国外的日本人的生命财产是不被允许的。 “在海外对于自卫队的认识是军队。军队与警察是不同的组织。两者间无法代替。现在为了应对海盗各国的军舰聚集在索马里海域,但这本是沿岸警备的问题。索马里的现状是一个例外。” ——那么,在这现实的危险面前日本该怎么做呢。 “绕开索马里海域选择迂回的航路。比如说绕道非洲南端的开普敦。就算会导致更长的运送日数和更多的费用,这也是拥有9条的日本人所必须付出的代价。 “中长期的对策是通过政府的发展中国家援助加强周边国家的警察、沿岸警备力。日本在马六甲海峡与亚洲诸国协力占有主导地位,在海盗情报的交换上也享有很高的评价。这是日本的家传手艺。为什么在非洲就不能做到这一点呢?” ——规定了更改宪法的手续的国民投票法距实施还有一年多。改宪的动向还会出现吗。 “我在‘九条の会’之类护宪的集会上会讲,‘我基本上不信任包括护宪派在内的所有日本人’。比如有像小泉这样性感兮兮的首相出现说要改宪了,舆论大概就往那个方向去了。绝不可以掉以轻心。” ——在纷争处理的现场看来,宪法与自卫队是什么样的。 “在9条之下自卫队能做的事有很多。冷战之后,内战与纷争增加了。比如在卢旺达的屠杀中可以看到,为了不让人杀人而进行的和平介入,有时必须行使武力。这是不可否定的。武力只是种种和平介入手段的选择肢中的一种。” ——那武力之外呢? “为培养敌对势力间信赖关系的军事监视团。” ——外交官或非政府组织不能完成这一任务吗。 “不能。是军人才有意义。” ——区别在哪里。 “对方也是军事组织。这时持中立立场的军人非武装地出现在正面这一点十分重要。在他们看来军人必然要携带武器。结果是赤手空拳。所以才有说服力。哪个国家派来的也很重要。日本有一个中立的印象,军事监视该是自卫队的家传手艺。” ——正所谓非武装的军人的积极意义。 “正是。然而一部分的护宪派,特别是年纪大的人不理解这一点。否定自卫队、不让派出海外是他们悲壮的心愿,然而但是这回是为了救日本人所以不反对了的人也有。我对这点很愤怒。” ——这只要日本和平就好、的意思啊。 “即使在护宪派中,我猜也有忘记了宪法的前文的人吧。读了就会知道单单的一国和平主义也是不对的。然而对他们来说前文怎么都好,9条变成了目的。在前文和9条之间找到空隙,钻那个牛角尖展开了反恐战的是小泉原首相。我们必须要努力把前文和9条再连接起来。 “9条是一个道具。可以作为外交的道具,也可以作为保护自己的道具。现行宪法说的是应用9条来实现前文的理念。到今天为止我在纷争处理的现场、因为是日本人而得到了很多。日本是经济大国但是不行侵略的安心感。由广岛、长崎代表的,能站在被害者立场上考虑的稀有的大国。能够与美国不同的自主性的国家。这些可能都是‘美丽的误解’。但我想要保护好它。” 附 日本宪法的前文和第9条
前 文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
---------------------
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 反「法医工文」論? 当年考硕士面试,是数学科相关的老师们都坐在下面,学生一个人站在黑板前,老师问,学生答。当然要问的一个问题是:你为什么选择代数几何?我当年想也没想脱口而出:かっこいいから(因为很帅啊)!然后坐在下面的老师中有一位放声大笑,从那一刻起我就喜欢上了这个人,后来选他做了导师。
你可能看过一些介绍费马大定理的科普读物,然后可能会在某个不起眼的段落找到一个叫宫冈洋一的名字。曾经有一度宫冈以为自己证明了这个定理,可惜后来发现这个证明是错误的——用这个方法只能证明方程没有无穷个解,而不能证明它无解。我当年读到这个的时候还是一个无知的高中生,不知为什么就记住了这个名字。真的,我后来甚至不记得怀尔斯,但是却记住了宫冈洋一。(不过印象最深的当然要数伽罗瓦和谷山丰啦——这两个人的魅力对于青春期的热血少年来说是无法抗拒的!)本科考进东大以后,头两年是不分专业的所谓“自由教育”阶段,曾经有一回我在学校的通知栏的角落里看到有给某个班上微积分课的老师的名字叫宫冈洋一。当时的反应:1、啊原来这个人还活着!2、原来这个人在东大!3、原来他还教这种基础课!4、这个宫冈洋一就是那个宫冈洋一么?在当时我甚至不确定自己将来会进数学科,当然做梦也没有想到过宫冈洋一会在两年后成为我的导师。 不过曾经发表过一个错误的证明完全不是什么光彩的事,尽管它让我记住了一个名字。你大概不知道的是 Bogomolov-Miyaoka-Yau 不等式,这里的 Bogomolov 就是那个 Bogomolov(这个名字一看就是个厉害人物……),Miyaoka 就是宫冈,Yau 是 Calabi-Yau 的那个 Yau —— 在丘成桐证明Calabi猜想的那篇著名论文里,首先就是一堆眼花缭乱的先验估计,作为一个推论得出了这个不等式。而在此论文发表的同一年,宫冈也发现了这个不等式,用的是完全不同的方法。(照这么说来,宫冈洋一比丘成桐还是要低一个档次啊?哎呀呀) 扯这么多的八卦,只为引出我们导师的大作《反「法医工文」論》,这篇文章出现在东大数学科自己面向毕业生发行的季刊《数理News》2008年第二期的封面上,我在暗地里读得偷笑不止。啊啊,这整篇文章里贯穿的锐气——或着说呆气——我这导师真是比我还要无可救药的理想主义者。我越来越喜欢他了。 反「法医工文」論
宮岡 洋一
東大には、学部間の序列を表す「法医工文」という言葉がある。後から分離独立した「薬・経」はともかく、大学発足当初からあったはずの「理」が入ってないのはいぶかしいが、「文」のさらにあとだから無視、ということなのであろう。 ことの起こりは、明治の元勲(たぶん森有礼?)が、国家経営の枢要に任ずるものはすべからく法律を学び、技官などの専門家を監督して任務を遂行せしめよ、といい、一方では実学を先に虚学を後にすべし、としたことであった。日本の近代化においては官僚機構(と軍隊)がすべての手本だったから、「法医工文」の序列はひろく政財界にまで浸透し、日本社会には文系/実学尊重、理系/虚学軽視の風潮が牢固として存する。 文系 vs 理系の例をあげよう。ある友人によると、理Ⅰに入学したとき、文Ⅰに進んだ高校の同級生から、「お前の一生、工場長どまりだな」といわれたそうだ。雑誌などに載っている生涯賃金比較でも、理系は文系よりかなり不利である。勉強量がより多くて大学院にまで行っても、収入が低くて、トップに上がり詰めることもできず、おまけにネクラのイメージまである、となれば、「理系離れ」が起こらない方がどうかしている。 理系軽視のせいかどうか定かではないが、日本人の科学知識の水準は意外に低いのだそうである。日本人は算数が得意で教育程度が高い、とは実は錯覚で、学校で習った数学や理科の内容は、実生活における生きた知識になっていない。血液型による性格判断とか根拠がない種々の瘦身法、はては水子供養みたいな擬似科学・迷信が日本のように横行しているところは、先進国のなかではほかに米国くらいなものだという。 実学 vs 虚学については、これはもういうまでもあるまい。科学の発見と聞いて国民が必ず発する決まり文句、「それは何の役にたつんですか」を思い浮かべればよい。行政においては、「科学」は単独ではまず用いられず、「科学技術」の形でしかでてこない。すぐ金にならない理論研究はやるべからず、といわんばかりである。こうしてみると、数学なぞは、理系で、かつ虚学のなかの虚学なのだから、「二次方程式なんて、一生一度も使ったことがないし」といった放言が、「識者」の発言そして通用してしまうのも、わが粟散土倭国においては無理からぬことなのかもしれない。 しかしながら、日本社会に深く根付いてしまった「法医工文」的価値観は、外国の模倣に狂奔するのに精一杯だった戦前や戦後高度成長期ならともかく、現代ではもはや時代遅れなのではなかろうか。官僚の中枢をいまなお法学部出身者で固めているのは、どう考えてもおかしい。格段に肥大してしまった行政組織は、法律や行政学しか学ばなかったゼネラリスト(じつはゼネラリストにすらなりえないと思うが)の手に余るのではないか。たとえば、財務省幹部のほとんど誰も金融理論の原理がわかっていない現状では、未曾有の国際経済危機に対応できるのか、はなはだおぼつかなかろう。また国の責任が問われた薬害エイズ訴訟では、旧厚生省の担当課長こそ有罪とされたが、その上司である薬事局長は無罪であった。判決理由がふるっている。局長は薬学や疫学の知識がないのだから責任は問えない、というのである。職務に関する専門的判断もできないものが局長という職を占めるという制度が、そもそも変ではないのだろうか。 わたしにいわせてもらうと、日本をよくする道は、理系/虚学を大切にすること、これに決まっているのだ(もちろん「虚学」というのは基礎科学・理論科学という意味で、趣味に走った道楽ということではない)。 通商産業政策や国土環境保全の面で、日本が大きなあやまちを犯して来た一因は、高度に発展した科学を指導層(具体的には官僚)がきちんと理解していなかったことにある。翻って外国を見てみれば、フランスでは工兵学校である Ecole Polytechnique の卒業生が大統領・首相を勤めることがめずらしくなかったし、現在の中国政府要人の過半数は理系出身者である。一方で、実学、特に理系のそれは、あっというまに古くなる。指導者に要求される大局的かつ長期的視野を養うためには、目先の応用にこだわらない基礎学問の方が適しているのだ。 最近文科省あたりが盛んに「キャリアパス」ということを唱えているようである。しかし、先ず隗より始めよ、だ。国家公務員の幹部候補生の半数を、理系の基礎科学を学んだ人材、それも修士号博士号を取得したクラスを採用するようになったなら、崩壊寸前の官僚機構に新風を吹き込むだけでなく、深刻な理系離れにも歯止めがかかり、日本国家の衰退を少しは遅らせることになろうというものだ(おまけに、東大数理にとってもめでたい話、とは、これはいわぬが花か)。 《猫的报恩》(兼论吉卜力作品中最可爱女主角?)偶尔看到这篇 世界一早い「ゲド戦記」インタビュー(完全版) ,关于《ゲド戦記》制作中宮崎吾朗导演与父亲宮崎駿的冲突,由吉卜力的制片鈴木敏夫讲述。文章本身已经很有意思,《ゲド戦記》在日本被5家杂志评为2006年最差电影而仍能够取得当年国产片票房首位,当然与宮崎父子这段纠葛所引发的话题性大有干系。
不过让我觉得最有意思的是这一段:
鈴木 うまく言いにくいんですが、「猫の恩返し」を例に取ると、試写が終わった直後、宮さんがすごく怒った顔で僕の部屋に入って来たんです。僕の部屋というのはいつもドアを開けっ放しにしていますが、その時は珍しくドアを閉じて、「あいつにどうして今時の若い娘の気分が分かるんだ」と腹を立てていました。褒めているんですよね。実は「ハウル」はその反動でもあって、ソフィーというのは、宮さんなりのハル(=「猫の恩返し」の主人公)なんですよ。
……
鈴木 很难说清楚,比如《猫的报恩》,试映之后,老宫一脸怒气地进了我的房间,我房间的门一向是大开着的,那时(宮崎駿)专门把门关上了,发火道“那家伙(指《猫的报恩》的导演森田宏幸)凭什么就明白如今的小姑娘们的心思”!这是表扬啊。事实上《哈尔的移动城堡》与此相对,索菲算是老宫自己的小春。
……
原来如此。这段话让我恍然大悟。为什么吉卜力作品里的女主角大都是小学生以至于谣传宮崎駿有恋童癖。谁都看的出来,小春和索菲,哪个比较自然?从这一点上说,《猫的报恩》是吉卜力作品中非常贵重的一部。
最后顺便说说我的女主角排名……第一位当然是《侧耳倾听》中的月島雫,第二位小春,第三位娜伍丝嘉。(你说什么?幽灵公主?不是吧…… :) |
||||
|
|